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大阪地方裁判所堺支部 昭和52年(ヨ)100号 決定

大阪市城東区古市大通一丁目一五番地

申請人 家村右一郎

〈ほか三一名〉

右申請人三二名代理人弁護士 冬柴鉄三

同 本井文夫

同 真鍋能久

羽曳野市向野二丁目五番一二号

被申請人 辻西平治

右当事者間の仮処分申請事件につき、当裁判所は申請人らに代わり第三者冬柴鉄三に金三〇〇万円の保証を立てさせて、次のとおり決定する。

主文

被申請人は、大阪府藤井寺市林六丁目五二五番地上鉄筋コンクリート造地上四階地下一階延床面積一、九二六・一〇平方メートルのうち、一階部分四七六・九九平方メートルにつき、小売商業調整特別措置法第三条一項所定の大阪府知事の許可なくして野菜および生鮮魚介類の販売を業とする者を含む一〇以上の小売商の店舗の用に供する目的で、右建物の一部を野菜および生鮮魚介類の各販売用の店舗として第三者たる小売商人に貸付け、譲渡し、または同人らをして右各店舗において右各営業をなさしめてはならない。

理由

本件申請は、既設小売業者たる申請人らの、小売商業調整特別措置法(以下本法という。)を根拠として仮処分の申請であり、事案の性質上、被保全権利の存否が一応問題になるので、この点につき一瞥するに、

我国の小売商は、概して規模が小さく、現実には他の仕事によっては収入を得がたい者や、他の職業から現に得ている収入のみでは一家の生計を維持することが困難なものが多く、この店を小売業に求める零細、小資本のものが多いことは多言を用しないところ、本法の立法経過、および同法一条に「小売商の事業の機会を適正に確保し、及び小売商業の正常な秩序を阻害する要因を除去して国民経済の健全な発展に寄与すること」と規定されていることからすると、本法は国民経済的な見地から、小売商が国民の中に占める数と、国民経済における役割に鑑み、経済的基盤の弱い小売商の事業活動の機会を適正に確保し、小売商の正常な秩序を阻害する要因を除去することを目的としているものといわねばならない。この点は、本法五条一項において、小売市場が開設されることによって、その小売市場と他の小売市場ないし付近の小売商との間に過当競争が行なわれ、その結果、中小小売商の経営が不安定となり、ひいては小売商の経営が不安定となって共倒れするのを防止していることによっても看取せられる。(なお最高裁判所昭和四五年(あ)第二三号、同四七年一一月二二日大法廷判決、同裁判所昭和五〇年四月三〇日大法廷判決、民集二九巻四号五七二頁参照。)

従って、本法は、国民生活における危険の防止という観点からの、すなわち、公衆衛生、保安、風紀といった消極的警察許可立法(質屋営業法、薬事法等)ではなく、中小企業保護政策という、社会、経済政策的目的のためのより積極的な経済活動の規制立法であり、本件のような無許可市場の開設者に対しては五〇万円以下の罰金に処することとしてこの種行為を刑罰によって禁圧することとしている。

以上のとおり既設小売業者の保護される営業上の利益は、これを営業権と呼称できるか否かは別論としても、事実上の反射的利益というにとどまらず、法によって直接保護せられた利益というべきである。従って、被申請人が知事の許可なくして本件建物を指定物件の小売商に貸付ける行為は、申請人らに対し、その営業上の利益を違法に侵害する不法行為の成立することは明らかである。

ところで、一般的に、不法行為が成立する場合、侵害された利益の種類、性質、すなわち、差止めによって保護されるべき必要かつ十分な利益がある場合は、単に事後的な損害賠償請求権の存在をもって傍観することにとどまらず、事前の違法行為の差止請求権をも認められる場合があると解すべきである。本法には不正競争防止法一条の如く、差止請求権が規定されていないことの一事をもって右のとおり解釈すべき妨げとすべきものではない。

一件記録によると、被申請人は当初より店舗数を二四店舗とし、右店舗の一部を生鮮魚介小売商、および野菜小売商(現実には各二店舗計四店舗)に貸付けることを予定し、これが市場の開設が本法に抵触することを知悉しながら、本法による許可権者である大阪府知事に対しては、概略「本件小売市場内の店舗数を九店とし、本法に規定されている市場とはせず、又事業計画の実施にあたっては地元小売業者との協調をはかる」旨の誓約書を提出したうえで、被申請人の意図を察した申請人らに対しては「罰金を払えば済む。」との言辞を弄していること、その後違法な市場を開設して盛況にあり、被申請人らの営業は顧客が激減していること、申請人らはいずれも小売市場である「土師の里センター」内で小売業によってのみ生計を立てている者であること、被申請人の開設した市場は、申請人らの営業する「土師の里センター」からわずか二七三メートルの距離しかなく、大阪府の内規による許可基準(七〇〇メートルの距離を置く。)に合致せず、本法による大阪府知事の許可を得る見込みもなく、現実に許可もなされていないこと、「土師の里センター」の局囲一五〇メートルには食料品専門のスーパーマーケットが営業し、又、同一商圏内には大規模スーパーが進出し、すでに全国的平均を上回る小売業の競争の激烈な地域であることが一応認められる。

右事実によると、被申請人が開設した市場は相当大規模の違法な市場であり、およそ小売業者が、その信用と継続的な顧客の獲得によってのみ、その経営ひいてはその生活を維持すべきものであることに鑑みると、被申請人の違法な市場の営業を継続させるときには、申請人らの顧客を違法かつ継続的に奪い、申請人らの生活利益を侵害し、右侵害行為に対しては、単に事後的な損害賠償の請求のみをもっては申請人らの損害を補償する方途とはなし難く、事前の差止の請求も認められるべきである。又、申請人らの求める仮処分の趣旨も被申請人の利益の損失を最小限度にとどめる考慮をしたものと言え、相当であり、結局申請人らは被申請人に対し、妨害予防の請求権を有するものと考えられるので、主文のとおり決定する。

(裁判官 渡辺安一)

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